青い雪
雪女の物語の元となった原初の記憶は、子どもの頃見た青い雪。
あれはまだほんの7歳とか、8歳とかの頃だったと思う。
元日の夜、お父さんは近所の親戚の家にお酒を飲みに行っていて、私は一人、お父さんを迎えに行こうと家から100メートルほど離れた親戚の家に向かって歩いていた。
石油ストーブで暖められた家から出ると、冬の冷気が頬に心地よく、
田舎ゆえ空にはどこまでも漆黒が広がり、聞こえる音といえば
誰も歩いていない道を、さくっ、さくっ、と
降った後少しかたまり始めた雪を私が踏む小さな音と
どこか遠くから聞こえてくる、車のチェーンが雪を擦る音だけで
今思えば、異世界に迷い込んだような不思議な高揚感と、いつもと世界が違うような空恐ろしさを感じていたように思う。
道路を渡って、電気屋さんを過ぎて、この麦畑を過ぎたらそろそろ親戚の家に着く、というとき
ふと気づくと、麦畑につもった雪が、青白く光っていた。
ぼわんと表面が青白く発光しているような、誰にも触れられていない一面の雪景色と
その上にかかる漆黒の空を、立ち止まり私はしばらく見つめていた。
それはほんの数秒のことだったかもしれないし、もっと長い間見ていたかもしれない。
やがて私ははっとして、あとほんの数十メートルの親戚の家に急いだ。
親戚の家はいつもと同じ匂いがして、酔っぱらって上機嫌なお父さんと手を繋いで元来た道を戻ったけれど
空はさっきと変わらずひたすらの漆黒で、雪はただ白かった。
インナースクリーンに残るこの青白い雪の光景が、私の中の雪女の物語の始まりです。